ハロルド・ジョージ・メイの日本語がヤバい!wikiプロフィール経歴も!元タカラトミー現新本プロレス社長

新日本プロレスリングの社長、ハロルド・ジョージ・メイさん。

タカラトミーのV字回復など、日本をこよなく愛するプロ経営者として、日本の大企業を支えてきたことでご存じの方も多いかもしれません。

では、彼がなぜ日本企業に必要とされたのか、「ハロルド・ジョージ・メイの日本語がヤバい!wikiプロフィール経歴も!元タカラトミー現新本プロレス社長」と題し、その魅力を経歴とともに見ていきたいと思います。

ハロルド・ジョージ・メイのプロフィール、経歴

ハロルド・ジョージ・メイのプロフィール

プロフィール
  • 名前:ハロルド・ジョージ・メイ
  • 生年月日:1963年12月4日
  • 出身地:オランダ
  • 居住地:日本
  • 職業:実業家
  • 学歴:バックネル大学卒業、ニューヨーク大学修士課程修了

オランダで生まれたメイさんは、父親の仕事の関係で8歳の時に日本にやって来ました

それから13歳までの5年間を日本で過ごすのですが、通っていたインターナショナルスクールでは英語、学外では日本語と、一切言語の通じない世界に放り込まれたことになります。

途方に暮れたメイさんは、必死に日本語を学んだそうです。

当時好きだった仮面ライダーの歌を歌って日本語を覚えたそうです。

語学習得のキーは文化にどっぷり漬かることだというメイさんは、現在6か国語を話せます

その流暢さは有名で、新日本プロレスリング社長に就任した際の挨拶で聞くことができます。

日本語も英語もとても聞きやすいですね。

その国の文化に浸かるというのは、子供であれば流行りのアニメなどにはまり込むなどということです。

そうすることで、その国の文化を理解しその国らしいメンタリティーでその言語を話すようになり、本当の意味での言語習得に繋がるのだということを話していました。

これだけ流暢に話しているのを聞くと、説得力がありますね。

大学はアメリカのバックネル大学を卒業されています。

バックネル大学はアメリカのペンシルバニア州にあるリトルアイビーといわれる小規模な名門大学です。

リトルアイビーとは、伝統のある私立大学で、特にアメリカ全土から学生が集まる質の高い教育を受けられる小さな名門校として知られています。

ハーバードやイェールなどのアイビーリーグと違い日本ではそれほどメジャーではありませんが、アメリカでは大学は小規模である方が教授と密接した質の高い教育が受けられるという考え方が常識となっています。

リトルアイビーの授業は一般教養に至るまでディスカッションが中心であり、小規模なクラス編成により自分の意見を述べやすくなっています。

メイさんの高いコミュニケーション力もこういった教育からもたらされたものかもしれませんね。

バックネル大学卒業後、メイさんはハイネケン・ジャパンに始まりいくつかの日本企業の重役を務めます。

ニューヨーク大学の修士課程はその間のアメリカユニリーバに勤務していた間に修了しています。

ニューヨーク大学大学院にはスポーツビジネスの経営を学ぶ修士課程が知られているようです。

メイさんがどちらの専門分野を学ばれたのかは情報がありませんでしたが、当時から日本のプロレスには熱を上げていたことや、後の新日本プロレスリング社長就任などを考えると、こちらで学んだ経験が基盤になっている可能性もあるでしょうね。

ハロルド・ジョージ・メイの経歴

経歴
  • 1987年1月:ハイネケンジャパンにアシスタントジェネラルマネージャーとして入社
  • 1990年4月:日本リーバにリプトンブランドマネージャーとして入社
  • 2000年4月:サンスターにオーラルケア事業執行役員として入社
  • 2006年9月:日本コカ・コーラに副社長兼マーケティング本部長として入社
  • 2008年11月:日本コカ・コーラ副社長兼チーフ・カスタマー・オフィサーに就任
  • 2014年3月:タカラトミーに副社長兼COO兼海外事業統括本部長として入社
  • 2015年5月:タカラトミー次期代表取締役社長兼CEOに内定
  • 2015年6月:タカラトミー代表取締役社長(兼)CEOに就任
  • 2018年6月:新日本プロレスリングに入社、代表取締役社長(兼)CEO就任
  • 2019年3月:アース製薬に社外取締役として入社

新卒として入社したハイネケンジャパンでは主に営業に携わっていたようです。

社会人として初めての企業で肩書付きというのもすごいですね。

その後日本リーバ(現ユニリーバ・ジャパン)ではリプトンの紅茶を担当することになります。

当時はティーバッグの紅茶が主流でしたが、マーケティングを任されたことで缶入り紅茶の販売に踏み切ります。

しかし、日本リーバには自動販売機のネットワークがなかったため、販売は日本コカ・コーラを頼ったそうです。

その時のパートナー交渉による契約などで法律も学ぶことになり、契約書も読めるようになったと、日本経済新聞電子版の記事で語っていました。

日本リーバでは体系的なマーケティングを学ぶ機会を得たようです。

次のサンスターでは上場企業を経験し株主総会にも出席したそうです。

執行役員として、日本が海外に挑戦するには日本はもっと海外に目を向けるべきだという考えから、海外経験のある人の採用を進めます

これが経営者としての考えに繋がっていくのかもしれません。

日本コカ・コーラでは、みなさんの記憶にも残っているでしょうか。

あのコカ・コーラゼロのゼロ侍です。

2007年コカ・コーラゼロの発売に際してメイキングされたCMです。

この頭にちょんまげとしてコカ・コーラゼロのボトルを乗せた奇抜なキャラクターが採用されたのは、日本を愛するメイさんの意見が取り入れられたからだとか。

大変ユニークな発想ですよね。

でも、見たら絶対忘れません(笑)

市場拡大として重要な要素ですね。

続いてのタカラトミーで赤字経営を大幅黒字に転換させたことは、業界では有名な話です。

在職中の3年半で株価を4.4倍にまで上げました。

主な改革としては、老舗商品であったリカちゃん人形とプラレールのてこ入れでした。

プラレールはタブレットで速さなどを調節できるようにして、親子で楽しめるという大人をターゲットに取り入れた商品改革。

リカちゃん人形にも大人をターゲットにしたマーケティングを行いました。

子供に集中しがちなおもちゃの市場を敢えて大人に向ける、素晴らしい発想の転換であったということですね。

プロ経営者として不動の信頼を得た経験だったのではないでしょうか。

メイさんは2017年度を最後に「自分の役割は終えた」とタカラトミー社長を退任。

株価は一気に暴落しますが、その後リカちゃん人形の商品改革で持ち直していますので、先見の明があったということですね。

そしてメイさんは翌年、ブシロードグループ創業者の木谷高明さんからの大胆なヘッドハンティングを受け、新日本プロレスリング社長兼CEOに就任します。

非常に経営困難な状態からプロレスの聖地であるマディソン・スクエア・ガーデンを満員にするまでに引き上げました。

選手ひとりひとりのブランド化を狙い、SNSでの情報発信や動画配信サービスなどを行うことで、試合一点でのみの繋がりから、日々の選手たちとの長い繋がりに変えることができ、それが日本ではまだ「怖い」「子供に見せるものではない」などという偏見や、サービスの少なさによる認知度の低さを克服することになったようです。

インターネットを大いに利用して行う現代的なビジネスが、新日本プロレスリングの経営を好転させ、またプロレスの飛躍にも繋がっているのですね!

『百戦錬磨 セルリアンブルーのプロ経営者』

2019年12月に発売された、メイさん初の著書『百戦錬磨 セルリアンブルーのプロ経営者』

メイさんのこれまでの経験から得た経営のノウハウが詰まった一冊です。

ビジネスパーソン向けに書かれた本ですが、随所にプロレスに関することが書かれていたり、とても分かりやすい文章であることから多くの人に読まれています。

かなり人気のようです。

ハロルド・ジョージ・メイのユニークな人柄

一瞬、誰?と思ってしまいますが、ハロルド・ジョージ・メイさんです。

2018年のハロウィンの時にコスプレをして楽しんだそう。

でも、実はこれ、大事な興行でのファンサービスの一環なんです。

挨拶をしている間に一緒に写真を撮ってほしいという要望が増えたので、それもお客さんと一緒に楽しんでしまおうとの発想なんですね。

ちなみに、ドラゴンボールのピッコロ大魔王の仮装です(笑)

なんというか、ちょっとお茶目な一面ですね。

2014年4月1日、副社長に就任し、「全社方針発表会」でタカラトミー全社員の前に初めてその姿を現したハロルド氏のエピソードは伝説化している。いきなり英語で喋り始め、社員が目を丸くしているのをみると、途中で、「同時翻訳機ヲツケテクダサイ。……えっ?ないの?では、日本語で喋りましょう」と流ちょうな日本語に一転。くだけたジョークに場内は笑いに包まれ、一躍社員の心を掴んだ。その後は、ステージ上を歩きながら今後の施策を熱弁。「まるで、スティーブ・ジョブスのようだった」とは当時の社員の言葉だ。

こちらもメイさんのユニークな一面です。

純粋な日本企業に突如やってきた外国人経営者。きっと受け入れられ難かったのでしょう。

素敵な導入だと思います。

この他にもメイさんのユニークで柔らかな人柄が見られる場面がたくさんありますが、きっと海外のマインドも日本のメンタリティーも両方持っているメイさんならではの行動なのでしょうね。

まとめ

メイさんが子供時代に苦労して習得した6か国語。

流暢な日本語と聞きやすい英語が魅力の一つでした。

続くヘッドハンティングによって、色々な企業で多様な経験を積んだことが経営のトップに立つ基盤を築いていました。

また、オランダ、日本、インドネシア、アメリカと期せずして渡り歩いたことにより、メイさんは多言語とともに各国のメンタリティーを身につけたことが、素晴らしい発想の種となっているのだと思います。

他に類を見ない経営手腕はもちろんのこと、たくさんの魅力を兼ね備えたメイさんは、そのユニークな発想と柔らかい人柄で日本人の信頼を得たのではないかと思いました。

これからも、人生の集大成として日本のプロレスを率いていってほしいですね!

 

最後までお読みいただきありがとうございました!